薄毛になったらボウズ頭かスキンヘッドにしよう

スキンヘッドで過ごすようになって早いもので5年になりますが、町中や電車で薄毛の男性を見かけるたびに「短くしちゃえばいいのに」と思います。

自分も長いこと薄毛キープの時期があったので、なかなかそうはできない気持ちはよくわかります。でも勇気がいるのは最初だけで、あとは想像以上に快適な生活が待っていますよ。

薄毛を隠すのは逆効果

薄毛を経験してきた仲間としてこれを言うのは心苦しいのですが、薄毛を隠そうとするのは逆効果です。隠せていないばかりか、かえって目立ちます。

まず一つには、なまじ髪の毛があるせいで薄い部分とのコントラストがはっきりしてしまい、結果的に薄毛の部分が目についてしまうのです。ハゲがよけいに際立ちます。

そしてもう一つ言えるのは髪の薄い部分を隠そうと他の部分から「よいしょ」とばかりに髪の毛を持ってくるのは不自然ですごく目立ちます。

本人は「うまく薄毛をカバーできている」と思っているかもしれませんが、そう思っているのは自分だけで、周りは「あ、ハゲだ」と思っています。

それどころかただのハゲではなく「全然ハゲを隠せていないのに自分では隠せてるつもりのハゲ」と若干哀れに思われてしまいます。悲しいですがこれが現実です。

清潔感がある

薄っすらと毛を残している状態に比べて、ボウズ頭やスキンヘッドは清潔感があります。

薄毛になるとだいたい周囲の毛は縮れてきます。これは髪の毛に栄養が十分に行き渡らない状態、髪が不健康な状態になっているからで、だからこそ薄毛になってくるわけです。

その縮れてきて細い毛がチョロチョロしている隙間からうっすら地肌が見えているような状態をどう思いますか?

非常に言いにくいですけど、なんとなく触りたくない感じがしませんか?

まだ毛の生え揃わない赤ちゃんなら「可愛い〜」と抱きしめたくなりますが、ただでさえ清潔感に乏しい中年男性の場合、かなりのマイナスイメージになること間違いありません。

それを防ぐにはどうすれば良いのかというと、これはもう短くするしかありません。

ロン毛とボウズ頭、どちらのほうが清潔なイメージですか?

多くの人がボウズ頭の方に清潔なイメージを持っているのではないでしょうか?

坊主頭といえば高校球児やお坊さんのイメージがあり、実際に清潔かどうかはさておき、なんとなくクリーンな感じがします。やはり髪の毛に執着していない様がどこか潔く映るのでしょうね。

日本人は特に潔さを好む国民性がありますので、ボウズ頭やスキンヘッドにすることで、その認知バイアスの恩恵を受けることができると思います。

気持ちが前向きになる

これはですね、本当にびっくりするくらい気持ちが前向きになります。

なんでそれほど前向きになれるのかというと

「これ以上ハゲてきたらどうしよう、、、」

「みんな俺の薄毛のことどう思っているんだろう、、、」

「今日の髪型、うまく薄毛を隠せてるかな、、、」

「風が強くてハゲがバレてしまう、、、」

というような髪の毛に関する一切の心配事から解放されるからです。髪の毛があるから心配になるわけで、その心配の種がなくなってしまえば何も気にかけることはなくなります。

髪の毛がないのでこれ以上薄毛になりようがないし、自ら進んで髪の毛を排除している状態なのでバレるも何も、すでにオープンなわけです。

人間はポジティブな要素よりもネガティブな要素に強く反応するようにプログラムされているので、心配事はなるべく取り除いたほうが心身ともに健やかに過ごせると思います。

「ボウズにするくらいで前向きになれるのかよ」と思う人もいると思いますが、これは本当に嘘みたいに前向きになれます。薄毛に悩んでいる人は騙されたと思って是非一度試してみてください。

必要なのは少しの勇気

とはいうものの、やっぱり抵抗がありますよね。

僕もそうでした。最初にボウズにするまでには自分の中でずいぶん葛藤がありました。

やっぱりボウズにしたときの周囲の反応が気になっていましたし、ボウズにするのはなんとなく薄毛に負けたみたいで嫌だと思っていました。

でも周囲の反応は拍子抜けするくらいサラッとしていて好意的でした。やっぱりみんな薄毛状態の僕を見ていて「ボウズにしちゃえばいいのに、、、」と感じていたのかもしれません。

それから、ボウズにするのは決して薄毛に負けることなんかじゃなくて変化する状況に適応するための賢い選択です。

自分の身体は年齢とともに変化していくもので、それからは誰も逃れることはできません。髪の毛に対する執着と一緒に今までの自分に対する思い込みも捨ててしまったほうが、人生楽しく前向きにすごせると思います。

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